パチスロ・パチンコ 旅打ち編 ~その②~
20代の思い出 旅打ち

旅打ちの話の続きになります。

僕が22才頃に若いからこそ出来たギャンブル旅について書きたいと思います。

しばし、昔の思い出話にお付き合いください。


旅打ちの始まりは ↓ ↓ ↓ こちらからご覧ください




捜索願を出されそうになった1年間の旅打ち

何の計画もなく始まった、旅打ち🎰


目的地も期間の制限も特になくあるのは、移動手段である友人の車と手持ち資金が二人合わせて10万~20万程度

東京を出発して、決まったのはなんとなく上の方(北)に向かうということだけ。


僕も友人もかなりいい加減な性格です


最初は数日間旅をして帰って来る

その位ゆるい感じの始まりだったと思います


旅打ちの最後からお伝えすると、本当に何の計画もなしに始まった旅打ちですが最終的に1年間の長旅となることになりました。

当時は実家に住んでいて数日間程度は家に帰らないようなこともしょっちゅうあったので一緒に住んでいた親にも何も告げることなく家を出ていました

旅の思い出、昔の思い出


後から両親から聞くことになる話なのですが、1年間の突然何の前触れもなく息子が家に帰って来なくなったということで両親は相当不安に思っていたそうです。


その時は携帯も持っていなかったので、今のように連絡をする手段も無かったことと若かったこともあり両親に自分から連絡を入れるということに対して何かしらの躊躇いがあり自分から連絡をするようなこともありませんでした。

身勝手に始まった1年間の旅打ちの期間に母親はニュースで身元不明の死体が発見されると

息子の死体ではないか?

と思って何度か警察に確認の連絡を入れていたようです。

毎日いつ捜索願いを出そうかと考えていたとのことです。

20年前も今と変わらずに両親に心配や迷惑をかけているのも本当に成長がないなと情けなくなってしまいます。


旅打ち 最初の1週間

旅打ちに関しては、最初の数日間は色々な場所に立ち寄りながら少しづつ場所を移動していきました。

わずか数日間ですはありますが、時間が経過すると同時に手持ちのお金もみるみる減っていきました

1週間もたたずに手持ちのお金は二人合わせて4~5万程度になってしまってしまいました。


勝ったり負けたりのスロットの収支に加えて日々の食事代や宿泊費などもかかるので二人合わせて最低でも一日1万円程度はかかってしまうような状況でした


奇跡的に友人が大勝をする
運で大金を手に入れる

最初の数日間で手元の資金を使いきってしまいそうなになった僕と友人ですが

東京を出発して埼玉、茨城、群馬と数日間の移動をしてたどり着いたのが餃子が有名な某都市でした🥟


20年も前の話になってしまいますが
茨城、群馬は出ているお店が極端に少なかったなーという印象が残っています

餃子が有名な某都市での生活の始まり

友人と二人で駐車場に車を停めて、視察で入ったのですが出玉感は今まで見てきたお店とは違い活気がありスロットの島もドル箱を積んでいる台が結構ありました💲

ここなら勝負ができるかもと思える店内状況でした

店内の盛況な出玉状況もあり友人とそのお店でスロットを打つことに決めました

空いていた台に、座った友人は数時間後に10000枚近くのコインを積んでいました

打っていた台は

記憶がうっすらですが

「キングガルフ」

という台だった気がします

20年前はいわゆる

裏モノ

Bモノ

といわれる通常の基盤とは違う違法に注射された台が全国のパチンコ屋にあった時代でした

旅打ちが始まって初めての大勝で手持ち資金を復活させることが出来ました

思えばここであっさり負けていれば旅打ちも短い旅で終っていたのだと思います

良かったか悪かったかは分かりませんが
結果的にこの時の大勝がきっかけで僕と友人の旅はこの時は想像もしていなかったほど長い旅のきっかけになりました


まだまだ話が長くなりそうなので、続きは次回に



借金全額返済まで応援を宜しくお願い致します♪


債務・借金ランキング

PVアクセスランキング にほんブログ村